主に結ばれているならば

生まれて初めての海外は、マレーシア・サラワク州でのワークキャンプでした。ジャングルの奥地の小さな村で、村の人たちと一緒に井戸掘りをしました。村に着くまでは不安でいっぱいでしたが、村の人たちにあたたかく迎えられて夢のような2週間を過ごしました。このキャンプで、人生が変えられるような体験をすることが出来ました。

村を去る時、日本から参加したメンバーと村の人たち、現地の牧師たちみんなが別れを惜しんで涙を流しました。「この人たちと天国で再会したい!」心からそう願い、日本に帰国しました。

それから20年以上過ぎた2011年、あの懐かしいマレーシアのサラワクを、高校生たちと一緒に教会建築のIMG_20160329_145246ボランティアで訪れました。教会建築の現地に向かう朝、教区の事務所で準備をしていると気のいいおじさんたちが私たちに声をかけてきました。「どこかで会ったことある人だなあ…。」と思って話していると…なんと20年前に高校生だった私たちを井戸掘りに案内してくれた現地の牧師さんではないですか!?

20年前の写真を見せ合いながら、互いに再会を心から喜び合うことが出来ました。

わたしの愛する兄弟たち、こういうわけですから、動かされないようにしっかり立ち、主の業に常に励みなさい。主に結ばれているならば自分たちの苦労が決して無駄にならないことを、あなたがたは知っているはずです。

(新約聖書 コリントの信徒への手紙Ⅰ 15:58 新共同訳)

「主に結ばれているならば、無駄に終わることは一つもない」神様の約束です。動かされないために、決して揺らぐことのないお方とつながりましょう。もしも私たちが主につながっているならば、再臨の日に(あるいは再臨の前に世界のどこかで)、再会することができるのです。

4月を迎え、新しい環境でのスタートを迎えている方もいるでしょう。「動かされないようにしっかり立ち、主に結ばれて」それぞれの歩みを続けていきましょう。あなたの苦労や涙が、決して無駄になることはないというのが、主の約束です。

セブンスデー・アドベンチスト甲府キリスト教会 牧師 伊藤 滋