投稿者「堀 圭佑」のアーカイブ

「実は夢に見ていた」

世界的大飢饉に際して、ヨセフさんの兄たちは、食糧を求めてエジプトに向かって出発しました。

 そして、エジプトにつくと夢にも思わない出来事が兄たちを待ち受けていました。

 ところで、ヨセフはエジプトの司政者として、国民に穀物を販売する監督をしていた。ヨセフの兄たちは来て、地面にひれ伏し、ヨセフを拝した。ヨセフは一目で兄たちだと気づいたが、そしらぬ振りをして厳しい口調で、「お前たちは、どこからやって来たのか」と問いかけた。彼らは答えた。「食糧を買うために、カナン地方からやって参りました。」ヨセフは兄たちだと気づいていたが、兄たちはヨセフとは気づかなかった。(聖書 創世記 42:6-8 新共同訳)

 なんと、エジプトで兄たちの目の前に現れたのは、かつて妬みのために商人に売り飛ばした弟でした。

 しかし、そこにいたのは自分たちと同じヘブライ人ではなく、エジプトの言葉を話し、エジプト人の装いをし、エジプト人の文化の中で、エジプト人として生活をしている弟でした。  

しかも、普通にエジプトで生活をしているのではなく、エジプトの国において、権力を持つ者として国を治めている人物でした。

しかし、この状況においては、さすがに兄たちは目の前にいるのが弟のヨセフさんであるということに気づくはずもありませんでした。

 その反面、ヨセフさんには目の前にいる10人のヘブライ人たちが誰であるかということがハッキリとわかりました。ヨセフさんにとっても夢にも思わない出来事になりました。

 と、思いきや、ヨセフさんは昔この状況を夢に見せられていたということに気が付きました。

ヨセフは、そのとき、かつて兄たちについて見た夢を思い起こした。(聖書 創世記 42:9 新共同訳)

神様はこの兄弟たちがまだ若かりし頃、そして、まだ憎み合っていた頃、この不思議な状況下における再開の出来事を夢を通してお示しになっておられたのでした。

畑でわたしたちが束を結わえていると、いきなりわたしの束が起き上がり、まっすぐに立ったのです。すると、兄さんたちの束が周りに集まって来て、わたしの束にひれ伏しました。」  兄たちはヨセフに言った。 「なに、お前が我々の王になるというのか。お前が我々を支配するというのか。」 兄たちは夢とその言葉のために、ヨセフをますます憎んだ。  ヨセフはまた別の夢を見て、それを兄たちに話した。 「わたしはまた夢を見ました。太陽と月と十一の星がわたしにひれ伏しているのです。」(聖書 創世記 37:7-9 新共同訳)

「父と兄弟」

 ヨセフさんは、エジプトに連れて来られてから紆余曲折の歩みを送っていましたが、遠く離れた故郷では、愛する息子はもうこの世にはいないと聞かされていた父と、ヨセフさんへの妬みゆえにそのような嘘をついて奴隷として売り飛ばしてしまった兄たちが暮らしていました。

 ヨセフさんはエジプトの地で大飢饉のときをむかえていましたが、その飢饉は例外なく故郷の家族たちにも襲い掛かってきていました。

 そこで、父と兄たちはある計画を立てました。

ヤコブは、エジプトに穀物があると知って、息子たちに、「どうしてお前たちは顔を見合わせてばかりいるのだ」と言い、更に、「聞くところでは、エジプトには穀物があるというではないか。エジプトへ下って行って穀物を買ってきなさい。そうすれば、我々は死なずに生き延びることができるではないか」と言った。そこでヨセフの十人の兄たちは、エジプトから穀物を買うために下って行った。(聖書 創世記42:13 新共同訳)

彼らの計画は、飢饉に見舞われた世界中の人たちが行っていたことと同じものでした。それが、エジプトに食糧を買いに行くということでした。

 この時、こんな大きな飢饉にも関わらず、エジプトに穀物がある理由がヨセフさんの政策によるものだということを知る由もありませんでした。

 そして、自分たちが今から向かうエジプトの地でヨセフさんの顔を見ることになるということを予想すらしなかったことと思います。

 勿論、ヨセフさんもそのようなことは頭になかったこと思います。

 しかし、神様は、この大飢饉を用いて、お互いに再開することを諦めていたであろう離れ離れになった家族を再び引き合わせようとしておられました。このように、神様の御計画の壮大さにはいつも驚かされるばかりです。

 かつて恨み恨まれた兄弟の再会は、どのようなものとなっていくのでしょうか。

「大飢饉の到来」

やがて、エジプト全国にも飢饉が広がり、民がファラオに食物を叫び求めた。ファラオはすべてのエジプト人に、「ヨセフのもとに行って、ヨセフの言うとおりにせよ」と命じた。(聖書 創世記 41:55 新共同訳)

 ファラオの見た夢の通り、大豊作の後に大飢饉が到来しました。しかし、大豊作の時にしっかりと備えをしていたので蓄えがありました。

 とは言え、やはりこの飢饉はとても大きいもので、備えをしていてもいざ直面すると不安に思った人たちもいたことと思います。

 そして、更に状況は悪化していきました。

飢饉は世界各地に及んだ。ヨセフはすべての穀倉を開いてエジプト人に穀物を売ったが、エジプトの国の飢饉は激しくなっていった。(聖書 創世記 41:56 新共同訳)

 飢饉が世界規模へと拡大し、備えをしていたエジプトの国は、小出しにするのではなく全ての倉を開けなければならない状況にまで来ていました。

また、世界各地の人々も、穀物を買いにエジプトのヨセフのもとにやって来るようになった。世界各地の飢饉も激しくなったからである。(聖書 創世記 41:57 新共同訳)

この飢饉の中で「エジプトに行けば食糧がある」と噂を聞いた人たちが食糧を買うためにエジプトへとやって来ました。それほどに世界の状況も悪化していたようでした。

 神様がヨセフさんに示した困難への備えは、自分たちの国だけが助かるためだけではなく、求めてやって来る人たちの命をも助けるものであったのでした。

そして、この大飢饉という状況が、ヨセフさんが昔見た夢を現実のものとするきっかけとなっていきました。

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「忘れて増やす」

エジプトという異国の地にて思いもよらない方法でどん底から引き上げられたヨセフさんは、ファラオという国のトップから全てを任される存在となりました。

 神様から示された通り、早速来る7年間の飢饉への備えにとりかかりました。ここでも神様からの知恵に従い、誠実に国の大事業に取り組んでいきました。

 そんな中で、家族を離れて独りエジプトの地に身をおいていたヨセフさんにとって嬉しい出来事がありました。

 ファラオから与えられたアセナトさんという女性と結婚することで家庭を持ちました。そして、飢饉がやって来る前に、2人の息子を授かりました。

 ヨセフさんは、生まれた2人の息子にそれぞれ深い意味の込められた名前を付けました。

ヨセフは長男をマナセ(忘れさせる)と名付けて言った。「神が、わたしの苦労と父の家のことをすべて忘れさせてくださった。」(聖書 創世記41:51 新共同訳)

兄弟たちの憎悪の結果、奴隷の身となり、更には愛する父親との暮らしから突然引き離されてしまったという辛い人生を送って来ましたが、祝福を通してその辛さを忘れさせてくださったということを長男の名前に込めました。

また、次男をエフライム(増やす)と名付けて言った。「神は、悩みの地で、わたしに子孫を増やしてくださった。」(聖書 創世記41:52 新共同訳)

たった独りで異国の地に連れてこられ、本来なら家庭を持つことなどできなかったかもしれない自分が、今や2人の子どもに恵まれたということへの感謝を込めて次男の名前を付けました。

 2人の息子につけられた名前は、エジプトの国を治める者として誠実に働くヨセフさんの神様への感謝の大きさをかいま見ることができるものでした。

 辛い経験から脱した時、段々と感謝の気持ちが薄れていってしまうということがよくあります。しかし、ヨセフさんは息子たちの名前を呼ぶ度に神様への感謝を思い起こしていたことと思います。